「福津市寸景~福間漁港と海浜公園」

020  昨日の続きです。西福間の道を北西へと辿れば024、やがて 視界が突然開け、一面の海が眼に飛び込んできます(左上)。ここは右側が福間漁港、それに隣接した左側が海浜公園で、公園には海に突き出た防波堤があり、そこから釣り人達が連日糸を垂れています(左中)。
 漁港には近海で漁をする船が繋留されています(左下)。また、捕れたての魚は漁港内023 の”朝市”で売られているようですが、寝坊の私はまだ朝市に行ったことがないん038ですよ(泣)。
 少し港から離れて、西郷川の河口へと行ってみました(右上)。河口付近の橋の上から見ると、遠くに相島(新宮町)や玄 界島(福岡市)が、開けた海と共に見えます。このような風景を見ていると、大海原のように心がゆったりとしてくるものです。精神衛生上、海を眺めることは良いことだなあと改めて思いますね。026
 橋の上から川上側を振り返ると、おや、廃線の西鉄宮地嶽線の鉄橋が撤去(シャレ?)されているようです(右中)。時代の変遷がここにも028 認められます。
 海岸近くに出て海を眺めてみました。細やかな砂の広がる砂浜と、幾重にも重なって平行に押し寄せてくる波・・・振り向くと真っ白なマンションが海を見下ろしていました。(右下)

 さて、私は今から次の日曜日のライブのために練習027にかからねばなりません。しばらく福津市の散歩はお預けです。

「福津市寸景~福間小学校から福間漁港への道沿い」

004_2      天気が良かったので、近くを探索に出かけま014した。同級生のMon-G君の真似ではないですが、自転車で散策してみました。
 左上は「福津市立福間小学校」の裏門です。恐らくこの石柱は「福間町立福間小学校」の正門だったのではないでしょうか。歴史が感じられます。
 それにしても現在「西福間」と呼ばれるこの地区は、道が細くて複雑です。区画整理031がなされていない昔ながらの道なのでしょうね。
 福間小学校の近くには「諏訪神社」(左中上)が奉られて います。寺社や神社は、周囲が変化しても昔の場所にあるものです。この町の変化をどのように見続けてきたのでし015ょうかね。
 この地点から数本の道が海岸へ向かって走っ ています。その内の1本を、「カットサロン・ヨシムラ」の前から辿ってみましょう。本町区の表示が見えます(左中中)。007
 しばらく行くと「宗像神社(宗像宮)」と書かれて看板に出会いました(左中下)。小さな社が3つ並んでいます。その1つには「芭蕉塚」と書かれた石碑が建っています(左下)。まさか松尾芭蕉ではないでしょうから、植物の芭蕉の事でしょうねぇ。芭蕉は、葉や根が薬 用になっていたのでその供養のためでしょう011か?
 その先には若干の狭い空き地がありました。どうやらこれは廃線016  になった西鉄宮地嶽線の跡地のようです(右上)。西鉄宮地嶽線の福間駅跡は、今や宅地用に整地されてしまっていました(右中上)。
 道は緩やかに左右にカーブを描きながら海へと続きます(右中中)。更に何本かの道と交差しています(右中下)。その途中に009「緑町公民館」と鳥居が隣り合わせにありました(右下)。ふくつミニバスのバス停が写っていますが、福津市には市内を循環する格安の小さなバスが走っているのです。
 さすがに海に近いので「今林海産物」と書かれたお店がありまし た(下左)。また、他

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の家の軒先には干物を作っているのでしょうか魚が干されていました(下中)。なるほど、この近くは漁師町だったんですね。だい

たいどこでも漁師町は狭い道路と決まっていま

018

すから。それ019

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にしても古い町並みです。でも何だか落ち着くのですよ、

021

このような風景は(下右)。
 まもなく海が眼前に見える地

点へときます。それはまた明日のお

しみと致します。

 

「福津市寸景~田園風景」

002  福間駅から西郷川に沿って山手へと道をさかのぼると、「内殿(うちどの)」を通り、見坂峠を越えて宮若市(旧宮田町と若宮町が合併して出来た市)へと向かいます(県道30号線)。この道は、JR九州のバス(旧国鉄バス)が昔から飯塚方面へと走っています。掲載写真は、JR福間駅からしばらく車で走った地点から、内殿方面を写したものです。福津市は、玄界灘に面しているので漁港もありますが、西郷川に沿っては緑の田園も広がっています。福岡市と北九州市の中間辺りに位置する利点を生かし、野菜や花々、穀物の生産が盛んな農業地帯でもあるのですね。この少し先に「西郷川花園」があり、コスモスが咲いていたのですが、この写真を撮りに行った日にはすでに刈り取られていました(失笑)。
 写真の背景に写っている山は「犬鳴山系」で、犬鳴山(熊ヶ城)(584 m)~西山(鮎坂山)(645m)が連なる山並みは、生まれ故郷の赤間からもよく見える山並みです。
 さわやかな緑色の風が吹き、実り多い大地を歩くと、地球の暖かみが感じられ、思わず感謝の気持ちが沸いてきます。「母なる大地よ、ありがとう」ってね。

「福津市寸景~福間夜景」

001  今年の冬は、夏に引き続いて節電がすでに話題に上っています。九州電力は、”やらせメール問題”で世間を騒がせていますが、どのような幕引きを考えているのでしょうかね?古川佐賀県知事をかばうのはもう限界に来ていると思いますが・・・。
 さて、今日は、我が家のベランダから見える福間駅前近くの夜景です。ある日、私の家を訪れた知人の娘さん(当時中3)が「福間は都会やけん明るいバイ!」と言ったことがありました。なるほど彼女の家は旧玄海町の海岸線近くで、灯りが余りない地域ではありますが、その表現が妙に実感がこもっていたので印象に残ったのでした。当時、私は福岡市から引っ越004 してきてそれほど時間が経っていませんでした。「夜は暗いや、空に星が綺麗に見える」と思っていた私の感覚とのギャップになんだから可笑しさを感じたものでした。
 ”時”は町の様子をあっという間に変えてしまいます。昔見ていた福間の夜景と、現在の様子とは明らかに大きなギャップがあるでしょう。すっかり様変わりした様子に驚いている人もいるのではありませんか?少なくともMon-G君は!
 左上の写真は、左端にJR福間駅の駅駐車場が写っています。駅自体は手前のマンションで見えません。右へ進めば「大和町」の交差点、さらに「松原」を経て旭橋、さらには「花見」へと続く方角です。右の写真は現在の福津市役所から左手に手光方面を写したものです。共に旧国道3号線沿いの町並みです。

「福津市寸景~JR福間駅界隈~」

014_2  JR福間駅の写真は2011年9月24日に掲載しましたが、今日はその駅の前を走る県道30号線(旧国道3号線)沿いの風景をご紹介します。012
 北九州方面から白水峠を越えて来ると、JR東福間駅を過ぎ、「通り堂」「手光(てびか)」と言う意味ありげな地名に出会います。昔はこの一帯(宗像市の村山田辺りから)は「神興(じんごう)」と呼ばれていました。”神が興る”のですね。そして、その周囲を東郷、南郷、西郷と呼びます。北郷がないのは、北側が海に面するからでしょうか。”神興”の神とは、どうやら宗像大社に奉られている宗像三女神に関係があるようで す。
010  「手光」を過ぎて左へ道を折れると、緩やかな下り坂を経てJR福間駅に至ります。左トップの写真は、福間駅から手光方面を023撮影したもので、道の左側には、赤間方面に向かう西鉄バス福間駅前の停留所が映っています。昔ながらの雨よけの造りですね。
 JR福間駅前で、道は急に右に曲がります(右上)。曲がり角近くに は、今も「井原書店」が頑張っています。この本屋さんは私の高校時代からあったように記憶しています。また、道路左には福岡方面のバス停があり、津屋崎方面へもここから乗車します。
 しばらく行くと、「大和町」の交差点にさしかかります(左中)。写真は津屋崎・宮地嶽神社へ至る道です。この一帯は「大和町」と呼 んでいたのでしょうね。さて疑問?「わざわざ大和(日本)というのだから、その近くには日本以外の風情があったのでしょうか?」
 海に面する街で、しかも大陸、さらには”博多”に近いので貿易をしていた「大陸人」が多くいた可能性はあるでしょうね。福岡市中央区の唐人町のように。
008_2  大和町の交差点016を右へ曲がると、真っ直ぐに「宮地嶽神社」~「津屋崎」へと向かいます。そこに西鉄バス「大和町」のバス停がありました。(左下)
 津屋崎方面に行かずに、真っすぐ道を進むと「松原」とかかれた 信号があります(右中上)。多分、昔々はこの近くまで海岸線があったのではないでしょうか。その信号の近くに「小烏神社」という小さなお宮があります(右中下)。昔から、この道路沿いにある神社は気になっていました。旧国道3号024線をバスで通るたびに前を素通りしていたからです。調べてみると、昔は「風止神社」と呼んでいたものが「小烏神社」となったようです。おそらくは、福間の氏神様として親しまれてきたお神様なのでしょうが今は・・・・。津屋崎には「波折神社」があります。共に航海の要所として安全・無事を祈願するために建てられたのでしょうね。
 その「小烏神社」を過ぎて福間駅から遠ざかると、やがて「旭橋」から古賀市方面へと向かいます。右下の写真は、「旭橋」に向かう道を写したもので、以前の電電公社のアンテナが見えます。その下には郵便局があります。

 そう言えば早いもので、年賀はがきが売り出されたんでしたね。わあ、1年が終わりに近づくんですね。早いなぁ!

「福津市寸景~九州の湘南海岸~」

Girls_gang_024  玄界灘に面した、ここ北九州一帯の海岸線は昔から景勝地として知られています。マリンスポーツが盛んになると、津屋崎から福間にかけての遠浅の砂浜は「九州の湘南」としてサーファー達が集まるようになりました。
 海岸線は、津屋崎~宮地浜~福間~花見~古賀~新宮~三苫~海の中道へと、長く弧を描いて続きます。シンガー・ソングライターの"YUI"が好きだと言っていたのは、彼女が育った新宮の海岸でした。
 掲載の写真は、津屋崎浜から大峰山公園(通称”東郷公園”)を望む景色です。昔は、道路Girls_gang_018 脇の波防堤はなく、道路からすぐに砂浜に降りることができましたが、現在はコンクリート製の堤のために車で走っていると海を見ることができません。ちょっと残念です。
 もう一枚の写真は、津屋崎浜から宮地浜~福間海岸を眺めたものです。よく整備されている様子がお分かりかと思います。この日も目障りな漂流物が見当たりません。サーファー達の努力なのか、ウミガメを守るためのボランティアの清掃なのかは分かりませんが、実に綺麗な海岸線が観察されます。
 大峰山公園の向こう側へ回れば、”恋の浦”というロマンティックな名称の砂浜に出ます。恋の浦から白石浜(ウミガメの産卵が多く観察される場所)~勝浦浜を経て神湊(こうのみなと)~鐘崎へと続きます。

「福津市寸景~夕暮れの西郷川~」

20111025_2  秋が深まり、今日などは肌寒さを感じる朝夕でした。掲載の写真は愛犬「団十郎」と散歩に出た折りに携帯電話のカメラで撮った西郷川の夕景です。川には白サギでしょうか二匹が餌をあさっています。上方に見える橋の陰にはIR鹿児島本線があり、JR福間駅を発車した電車が見えます。(駅は写っていません)。橋を左へ向かえば原町へ至ります。まだ、昔の風情が残っている一景ではないでしょうか。
 川には、堆積した土砂に生えたススキが秋を知らせていますね。この西郷川の上流域には花園があり、コスモスが見頃だそうですがまだ見に行っていません。近々鑑賞に行ってみます。
 この後、風も冷たいので団十郎とそそくさと帰りました。小さい秋は至る所に見つけることができましたね。

2017年5月
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