「峠の幌馬車」ビリー・ヴォーン楽団(楽譜)

Billy_vaughn  稚拙な本ブログを訪問される方の多くが、私と同年代の方のようです。青春時代に聴いた曲を弾いてみたいと思っても、なかなか適当な譜面が見つからずに楽譜依頼をされます。また、曲集などで譜面を見つけてもオリジナル・キーと違ってがっかり!何てケースも多いようです。
 本ブログのコンセプトは、”オリジナル音源と一緒にギターを弾いて楽しむ”です。早くは、高校時代からやっている”耳コピ”が役に立っている訳です。当時は、楽譜自体がなく、演奏者はそれぞれがレコードを聴いて耳コピをしていました。つまり、”耳コピできない奴は楽器を弾くな”が常識の時代だったのです。もっとも、提供しているような簡略な譜面すら書いてはいず、コード譜とギター・リフは頭の中だけに存在していました。私のバンドは、私の耳コピで演奏曲が決まっていたのです。
 そんな時代の曲を今日も提供致します。ビリー・ヴォーン楽団によるインスト曲「峠の幌馬車」です。1961年(昭和36年)のヒット曲で、私が中2の頃だと思います。ザ・ベンチャーズも演奏しているようですが、私の頭の中にはビリー・ヴォーン楽団の響きが残っていますので、それを形にしてみました。
 ビリー・ヴォーンが得意とした2本のサキソフォーンの響きが、この「峠の幌馬車」にも生かされています。リズミカルなギターの音がウキウキ感を醸し出しますね。
■You Tube…「峠の幌馬車」オリジナル音源
■楽譜と演奏について…エコーの効いたギターのミュート(Pizz)の旋律が軽快に響きます。バックのギターは終始ミュート気味にリズムを刻みます。Gで始まった旋律が、途中からAへと移調します。アクセントとしてサックスが曲の中間部に配置されています。B面の「星を求めて」と共に思い出に残る1曲になっています。
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「ラッキー・リップス」クリフ・リチャード(楽譜)

Photo  今年の冬は寒暖の差が大きいですね。受験真っ只中の学生達はコンディションの調整に苦労していることでしょう。他人事ではなく、私自身も注意が必要です、はい。
 久々に新曲をご紹介します。イギリスの初めてのロックンローラーとして活躍した(いや、現在も活躍中ですが)Cliff Richard「Lucky Lips」です。
「ラッキー・リップス」は、1963年に発表されたクリフの曲・・・・だと思っていたら、何とこの曲はカバーだったのですね、知らなかった!オリジナルは”R&Bの女王”と言われたRuth Brown(ルース・ブラウン)の1957年の同名曲でした。よって、歌詞が若干変わっている筈ですね。girl→boy程度のものですが。
 曲の紹介から少しはずれますが、近頃の事件の中に親子の悲劇がよく報じられます。幼児虐待などがそのひとつです。この曲の歌詞を呼んでいると、このように子供に話しながら子育てをしている親ならば、きっと問題は生じないだろうと思ってしまいました。

子供の頃、僕はおもちゃをたくさん持っている訳ではなかった。
でもママがいつも言ってたんだ。
”お前には他の子たちには負けないものがあるんだよ”
”お前はカッコ良くも裕福でもないだろうけど
 でも、ただの子供じゃないんだよ
 お前は幸運の唇を持っているんだからね”

 このように、しっかりと子供に愛情を注ぐ親からは問題児は生まれませんよね。虐待する親は、子供の頃にこのような愛情を受けなかったのでしょうし、現在は子供に愛情をどう注いだら良いか分からないのでしょう。悲しい現実をニュースで見るにつけ”教育”の大切さをこの曲の歌詞から考えさせられましたね。
 何だか変な内容になってしまいました(汗)。
■You Tube…「Lucky Lips」歌詞に合わせた画像が表示されます
■楽譜と演奏について…リード・ギターが活躍しません。声のハーモニーが曲を構成しています。バック・バンドは勿論シャドウズですね。
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「Johnny B. Goode」Chack Berry(楽譜)

Photo  ”ロックンロール”の代名詞とも言えるチャック・ベリーと、彼の代表曲「ジョニー・B・グッド」を耳コピしてみました。今、TVでは「鶴瓶の家族に乾杯」が始まりましたが・・・関係ないね(笑)。
 代表曲と言っても沢山ありますが「ジョニー・B・グッド」は1958年の作品ですね。私は昔々は”ロックンロール”などは好きではありませんでした。どこかで書いたんですが、日本人のロカビリー時代のミュージシャンが好きになれず、その影響でロックは聴かなくなりました。ビートルズに夢中になった頃も、泥臭いチャック・ベリーの”ロック”は馴染めませんでした。それをだんだん”面白いぞ”と思わせてくれたのは、やはりビートルズですね。ビートルズの”ロック”で慣れ、本家の面白みを味わえるようになったということでしょう。
 「ジョニー・B・グッド」は、数多くのアーティストにカバーされて歌い継がれています。「キャロル」や「ロール・オーバー・ベートーベン」なども人気のカバー曲となっています。どれも”なるほどチャック・ベリーだ”というイントロですね。
 今回のコピーは、1958年当時の音源を使いました。そのため若干稚拙なアドリブになっていますが、敢えてそのままコピーしています。物足りなさや、ちょっとスマートな演奏を目指したい方は、その後の”ライブ映像”を参考にしたり、「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のマイケル・J・フォックスの演奏をコピーされるといいでしょう。私も機会があれば追加コピーでご紹介します。
■You Tube…「Johnny B. Goode」オリジナル音源と静止画像です。
■楽譜と演奏について…なるべく忠実に音を拾ってみたのですが、音源がそもそも不明瞭ですから若干音が違うかも知れません。各自でご検討下さい。You Tubeの中には沢山の方がコピー演奏を披露していますが、それぞれどこかに自分流のアレンジがありますね。でもそれはそれでいいでしょう、私のが正しいという訳ではありませんので(笑)。
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「悲しき片思い」ヘレン・シャピロ(楽譜)

Helen_shapiro1   1946年生まれのHelen Shapiro(ヘレン・シャピロ)が、1961年に飛ばしたヒット曲「悲しき片思いYou don't know」は全英チャート史上最年少記録となる1位を獲得します。最初のシングル「子供じゃないの」(Please don't treat me like a child)が全英チャート3位で、当時彼女は14歳という若さでした。
 独特のアルトの声は、大人の女性というよりはむしろ男性的な響きがします。よく聞いてみると、高音部の音程の不安定さが耳に付きますが、それよりも情感のある声に魅了されますね。ラジオから流れてくる彼女の歌声から、年齢が分からないので「どんな女性なんだろうか?」と思ってましたね。このヒット曲で彼女は一気にイギリスを代表する歌手になります。当時駆け出しだったビートルズが、彼女のツアーの前座で歌っていたのは有名な話です。その時、ジョン&ポールが自作曲「Misery」を提供したのですが、ヘレン・シャピロ側は断ります。だって「まだ前座の身分で曲の提供なんておこがましい!」という事だったんでしょうね。でも、後できっと後悔したでしょうね。多分、当時としては売名行為としか受け取れなかったでしょうから致し方ないでしょう。
 ヘレン・シャピロの曲は、日本では弘田三枝子が歌っていました。私はこのようなカバー曲(洋楽を日本の歌手がカバーした曲)はほとんど取り上げませんが、勿論理由があります。それは、英語で歌うときの言葉それ自体が持つリズム感が、日本語にしたとたんに崩れるからなんです。曲のイメージが変わってしまうのです。歌は、言葉のリズムも含めて曲なんですよ。日本語にしたとたんに曲本来のリズム感が壊れるから嫌なのです。
■You Tube…「悲しき片思い」オリジナル音源と静止画像です。
■楽譜と演奏について…一部コードがぴったし当てはまらないなぁと思う部分があります。和音とベース音が不安定な響きを奏でるのですAm/cと書いている部分です。Amのコードなのに低音がCで響いています。バックの音が聞き取りにくいですからちょっと悩んでいます。途中Am調からFmへと転調する部分が見事ですね。またE♭からGへと戻ってきます。弾いていて「上手い!」と思ってしまいましたよ。途中、ストリングスやバス・トロンボーンの音などが入りますが、一部しか書いていませんのでありからず。内容は、聴いていてグシュンと切なりそうな曲ですね(笑)。
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「ヘイ・ポーラ」Paul & Paula(楽譜)

Paul_paula   1963年に全米No.1に輝いたPaul & Paula「ヘイ・ポーラHey Paula」のご紹介です。
 「ポールとポーラ」のデュオは、PaulことRay Hildebrand(レイ・ヒルデブランド)とPaulaことJill Jackson(ジル・ジャクソン)の二人が掛け合うラブ・ソングです。作詞・作曲は当時学生だったRayです。このデュオはその後「けんかでデート」などの曲もヒットさせました。
 「ヘイ・ポーラ」はスロー・バラードでクサイ歌詞の「かったるい!」曲ですね(笑)。まあ、そんな時代だったんです。日本でも田辺靖雄・梓みちよ、あるいは九重佑三子のデュエットでヒットしました。
 どこかでも書きましたが、当時のEPレコードは簡素なもので、粗末なジャケット写真で「ポールとポーラ」を知る以外に情報を得る術がありませんでした。今、こうやって同時の二人が歌っている動画をYou Tubeで見ることができるのは嬉しい驚きです。
 当時はアーティストの情報も乏しいものでした。話題を煽るために嘘の作り話も流布したでしょうね。この二人の情報をネットで調べると・・・・意外に少ないのですよ。
 1963年当時、私が覚えている情報に「ポーラは学園祭の女王(a homecoming queen)に選ばれたこともある美人です」というのがありました。しかし、ネットで探すんですがこの情報を書いている場所が見つからないんですよ。この私の記憶情報は正しくないのかなぁ?どなたかご存じの方はいらっしゃませんか?
 男性のRayの方は、しばらく音楽活動をしますが体質に合わないといって音楽界から退いたようです。女性のJillはその後もソロ活動を続けました。
■You Tube…「ヘイ・ポーラ」オリジナル音源と静止画像です。
■楽譜と演奏について…リピート記号を使わずにストレートで書いています。細かな楽譜ではなく、コード譜程度の作成です。歌詞内容が「I wanna marry you~♪」と青臭いので歌っていて照れるのではないでしょうかね(笑)。
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「恋と涙の17歳」レスリー・ゴーア(楽譜)

Lesley_gore  「You don't own me(恋と涙の17歳)」は、1964年に全米で2位にランクされた曲です。1位は何かって?すでにビートルズ旋風が始まっていた時ですから多分ビートルズの曲なのでは?
 映画「A Hard Day's Night」も封切られた年ですから、2位にまで上ったってことは凄いことなんです。ビッグ・ヒットはデビュー曲の「涙のバースデイバーティ」ですが、この「You don't own me」もよく覚えている曲です。
 ただ、レスリー・ゴーアLesley Goreという歌手についてはよく知りません(汗)。1946年生まれですから健在ならば65歳ですね。1960年代を代表する女性ポップ歌手の一人でしょうが、表舞台で活躍できた時期はそう長くはなかったようですね。まあ、当時活躍した女性シンガーは皆それぞれ同じように短命だったようですが。
 You Tubeを見ると、懐かしのポップスを日本のTV番組の中で歌っているものがありますよ。
彼女が輝いていた時代については、残念ながらEPレコードのジャケット写真、しかも不鮮明な安上がりな印刷でしか知りません。”カールした髪と、憂いのある眼をした面長の女性歌手”という程度です。当時のレコード会社のEPレコード作成が”適当”だったんですね。「レコードは音質で勝負だ!」なんて時代ではなかったのでしょうか。「ビジュアルで売ろう」という発想はなく、ラジオの延長線でしかレコードを考えていなかった証拠ですね。その後、TV時代となり、日本では一気に見てくればかりの歌手になりましたがね(笑)。まあ、それでも当時のLPレコードについてはそれなりに写真を使ったりはしていましたが・・・。時代が変わったんですね。
 ところで、このレスリー・ゴーアは、若い割にしっかりした歌唱力を持った人だと思います。おそらくこの曲は17、8歳で歌ったと思いますから。のびのある高音域で「う~ん」と思わず聞き入ってしまいました。
■You Tube…「恋と涙の17歳」当時のTV番組での映像でしょうか?
■楽譜と演奏について…Gmから始まった曲が半音ずつ上がっていきます。ライブで使うとしたらどこで終わろうかと思案するような曲です。映像を見た限りでは品の良いお嬢さんというイメージですね。
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「雪が降る」アダモ(楽譜)

Photo   サルバトーレ・アダモ(Salvatore Adamo)は、1943年にイタリア(シシリー島)で生まれ、ベルギーで育ったベルギーの国民的歌手です。「サン・トワ・マミー」「ブルー・ジーンと革ジャンパー」「不良少年(ろくでなし)」など、日本でもたくさんのヒット曲があり、親日家としても知られています。
 と、ここまでWikipediaなどを見ながら書いていて自分自身で驚きました。「アダモはフランス人じゃなかったんだ!」私はてっきりフランスのシャンソン歌手だと思ってました。もっとも1960年くらいからはフランスに住んでいるようですが。
 「雪が降る」は1963年にアダモが放ったヒット曲です。この時期ですから、すでに沢山の雪に覆われている町も多いことでしょう。雪を見ると、森進一のような”しゃがれ声”で「♪~雪は~降る~♪」のメロディーが頭に浮かびます。東北の被災地の方々は、辛く厳しい冬を迎えることになりました。春まで辛抱なさってくださいね。
 それにしても一向に復興の具体的な動きが見えない状況はどうしたことなのでしょうか?国が、政治家が、と責任を押しつけてはいけないのでしょうが、復興のビジョンや大まかな構想は、国が示し、ある意味では強引に推し進めなければいけないのですよ。またまた内閣支持率は低下し、国民の政治不信がつのってきています。他の国ならばクーデターが起きていてもおかしくない状況じゃないでしょうか?日本人も、江戸末期に起きた「ええじゃないか!」のような騒動を、一度起こしてみる必要があるのではないでしょうかね。そうしなければ腐敗した”官僚政治”、利権あさりの”私利私欲政治”は止めませんよ!そして国民が賢くならなければ駄目です。誰があんな無能な大臣を送り出したんですか?選挙区の国民でしょうが!
 そんな無能で自己本位な人間は”アダモ”じゃなくて愛すべき”アダモちゃん”でも観て修行してください!
■You Tube…「雪が降る」オリジナル音源と静止画像
■楽譜と演奏について…掛け合いのコーラスは譜面に起こしていません。また、途中の三連符のピアノ伴奏の時のギターの伴奏リズムも書いていません。「適当にどうぞ!」というのは無責任ですが、ストロークでも指弾きでも構わないと思います。思い思いの弾き方で情感のある歌を歌ってください。コードはシンプルで演奏は簡単ですね。

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「可愛いベイビー」コニー・フランシス(楽譜)

Connie_francis1  1961年(昭和36年)、旧ソ連のボストーク1号が初めて人を乗せて地球を1周しました。これが人類初の有人飛行で、旧ソ連が宇宙開発において完全にアメリカの優位に立った出来事でした。旧ソ連が初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げてから早4年で成し遂げた偉業でした。地球に帰還した宇宙飛行士ユーリン・ガガーリンは、記者の質問に答えて「地球は青かった!」とコメントします。
 この年、アメリカの人気女性歌手コニー・フランシスが出した曲「Pretty Little Baby」の日本でのカバー曲「可愛いベイビー」が大ヒットします。日本でヒットしたのは1962年で、アメリカではシングル・カットされず、日本だけのヒットでした。カバーしたのは福岡県北九州市(当時は福岡県小倉市)出身の中尾ミエで、音楽バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」の人気と共に爆発的にヒットしました。
 この番組では、ハナ肇とクレイジー・キャッツやザ・ピーナッツが活躍し、国民的な人気者を多数搬出することになりました。スポンサーCMとして流れた「♪牛乳石けんよい石けん!♪」のフレーズが今だに耳に残っています。また、「お呼びでない、こりゃまた失礼しました!」「ガチョーン!」など、植木等や谷啓が元気で活躍し、日本の”ポップス”が”流行歌”から独立して市民権を得始めた時でもありましたね。
■You Tube…「可愛いベイビー」コニー・フランシスの日本語バージョンです。
■楽譜と演奏について…ハモンド・オルガンのフレーズが何ともウキウキさせていいですね。ギターは殆どリズムをとるだけですね。D♭ですから何とフラットが5つも付きます。後半は半音上がってDになり、♯2つでまだホッとしますが・・・。

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「プリティ・ウーマン」ロイ・オービソン(楽譜)

Roy_orbison1   原題は「Oh, Pretty Woman」と「Ohオー」がつきます。
 1964年に発表された「プリティ・ウーマン」は、全米・全英チャートでともに1位を獲得しました。若かりしビートルズもロイ・オービソンには大きな影響を受けています。
 この曲は、1990年のジュリア・ロバーツとリチャード・ギアの映画『プリティ・ウーマン』の主題歌としても使われ、リバイバル・ヒットもしました。
 1964年当時の私は、黒縁メガネで歌うロイ・オービソンに違和感を覚え、余り好きにはなれませんでしたが、近視のジョン・レノンは彼を真似て同じようなメガネをかけたりしていたようです。後で知ったことですが、日本ではさほどの人気ではなかったロイ・オービソンですが、アメリカでは大変な人気歌手だったということです。1988年、52歳で亡くなりました。
  当時のシングル・レコード「Oh, pretty woman」のB面が「Come back to me (my love)」という曲だったと思い、You Tubeで調べると・・・へぇ、ありましたよ。懐かしいなぁこの歌も。「Please please me」は、最初このような感じの曲だったと言われていますね。
■You Tube…「Oh, Pretty Woman」昔の映像や映画のシーン、1990年に再録音した際の映像などがうまくつなぎ合わさっていますね。ジュリア・ロバーツが初々しい!
■楽譜と演奏について…イントロのリズムを弾きながら歌うのは難しいですね。映像を見るとコードE7を弾きながら歌っているようです。まあ、調子の良い曲ですからリズミカルに歌えば曲になりますね。出来ることならもう一人とハモるのが一番ですが。

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「トラベリン・マン」リッキー・ネルソン(楽譜)

Ricky_nelson1   1940年生まれのRicky Nelsonは、1985年に飛行機事故で亡くなります。45歳の若さでした。子役時代から俳優として活躍し、TVドラマ「うちのママは世界一」などでギターを弾きながら歌う姿が茶の間に流れ、ルックスの爽やかさと相まって、今で言う”アイドル”となります。このドラマで娘役だったシェリー・フェブレーも劇中で「ジョニー・エンジェル」を歌ってヒットさせました。私たち日本人には、共に良きアメリカのイメージを感じさせてくれた歌やスターと言えます。当時の日本人は「名犬ラッシー」などのアメリカン・ホーム・ドラマを観て、豊かで文化的なアメリカに憧れを抱いたものでした。しかし、これもGHQの指示によるW.G.I.P(戦争に対する贖罪意識を日本人押しつける様々なプログラム)の一環だったんですが。
 まあ、そのような時代的背景の中で、私たちはアメリカを中心とした世界中の音楽を聴いて育った訳です。
 そのような音楽の中で、リッキー・ネルソンの歌は確かに爽やかな歌声として残っています。とは言え、私がよく知っているのは「ハロー・メリー・ルー」「ヤング・ワールド」とこの「Travelin' man」程度ですが。やがてリッキーは、子供の呼び名であるリッキーからリックという名前に変えました。
 早死にして惜しまれた彼に変わって、息子達が”ネルソン”というロック・グループで活躍したのは1990年過ぎでした。

■You Tube…「トラベリン・マン」多分TVドラマ「うちのママは世界一」の劇中で歌っているシーンだと思いますが、口パクですね。
■楽譜と演奏について…難しいコードはありません。中間のジェームス・バートンの弾くリフもコピーしやすいですね。楽しんで弾いて歌えます。

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