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「宗像市”亀の尾”酒蔵開き」

Dscf25221Dscf25031 宗像市武丸にある酒造”亀の尾”の酒蔵開きが、昨日13日から始まりました。昨日、今日と、風は冷たいですが良好な天気が続いています。
 昨日、福岡市のTV局が中継で紹介していたからか、たくさんの訪問者でひしめき合っていました。日本酒の消費は一時期低迷していましたが、昨今は若い女性までもが”角打ち”をする光景が見られます。世界的にも、日本の酒や焼酎が注目されてきたのは確かですね。NHK朝の連ドラ”マッサン”によってウィスキー消費が伸び、また世界の品評会ではDscf25041_2スコッチ・ウィスキーを抑えて日本のウィスキーが最高の賞を獲得したとかDscf25081。匠の技と精神は、日本の酒の製造にも十分活かされているのでしょう。
 これほどに”こだわり”を持つ国民性は、その結果として驚くべき作品を作り出します。また、小惑星探査機「はやぶさ」のような偉業をも達成します。さすがに「メイド・イン・ジャパン」は誇らしいものですね。惜しむらくは、それらを受け継ごうと思う若者が少ないことです。親方の技を盗み見しながら、自らの腕を鍛え上げていくような徒弟の関係などは若者は嫌います。自分は生きているだけで”素晴らしい”などと勘違いし、汗水流して努力するなど”かっこ悪い”と思っています。いったい、どこで履き違ってしまったのでしょうね???
 さて、”亀の尾”酒造ですが、昔の行政区で言えば、私が生まれ育った町(赤間)の隣町(吉武)にあります。古い宿場町であった赤間には2軒の造り酒屋がありました。勝屋(楢の露)と吉野屋(門の松)です。現在は、勝屋酒造1軒が製造を続けています。勝Dscf25141_2屋は寛政2年(1790年)の創業、亀の尾酒造は享保2年(1717年)です。亀の尾酒造の近くには「八所(はっしょ)宮」があります。
 言い伝えによれば、神武天皇が日向の国から東征をする折、祭神達が”赤馬”に乗って現れ、この地の守護神であることを誓った故事からこの一帯を「赤馬」と言うようになり、その後訛って「赤間」となりました。674年、神武天皇のご神託で神々を奉る神社が建てられたとするのが「八所宮」です。「吉キ所ニ留リ給フ」から神社周辺を「吉留」とDscf25201呼ぶようになったと伝えられています。また、遣唐使の航海の安全を祈ったり、昔の武将の信仰が厚い神社であったといわれています。 つまり、昔の「赤間」は、現在Dscf25191の行政区「赤間」よりも広い範囲だったようですね。そして宗像氏が白山や城山に山城を作ったことで町の中心が吉留辺りから現在の城山の麓に移ったのではないでしょうか。よって、亀の尾酒造の方が創業が早いのでしょう。さらに江戸時代には唐津街道が赤間宿を通ることになり、明治維新に関わる人々が集うことになります。
ちなみに、赤間宿のすぐ近く「石丸」に「七所宮」というお宮があります。昔から知ってはいましたが縁が無く、一度も訪れたことがありません。今度足を伸ばしてみましょう。そんなこんなをつらつら考えた酒蔵訪問でした。それにしても大勢の方々が訪ねて来られてましたね。意外に若い女性の姿も多く見られましたよ。

 左側、上から2枚目の写真は大人気の「酒まんじゅう」を蒸しているところです。買おうと思うと2時間以上は待たなければなりません。また、右上の1枚目は、ちょうど子供達が餅つきをしているところでした。慣れない重い杵をもって大変そうでしたね(笑)。

ちなみに、勝屋酒造の蔵開きは2月21日(土)と22日(日)です。

























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