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「”全国学力テスト”を解いてみた」

001 4月22日、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)が実施されました。テストは、新小学6年生と新中学3年生が対象です。
 その問題が、4月23日の朝刊に掲載されていたので解いてみました。科目は小学生は国語と算数でAとBの2タイプ、中学生は国語と数学でAとBの2タイプでした。

 テストAは「主に知識」…身につけておかなければ後の学年等の学習内容に影響を及ぼす内容や,実生活において不可欠であり常に活用できるようになっていることが望ましい知識・技能など

  テストBは「主に活用」…知識・技能等を実生活の様々な場面に活用する力や,様々な課題解決のための構想を立て,実践し,評価・改善する力など
と文科省のページに記されています。

 テストの対象学年は小6と中3ですが、ついひと月前までは小5と中2ですから高度な問題は出題できません。よって、どのような内容なのだろうかと思って解いたわけです。それに、たまには頭の体操をしなければと思った次第です。

 もう生徒を教える立場ではありませんので、テスト問題を分析するようなことはしません。私の興味は、何を解かせようとしているかと難易度でした。

 長く教える仕事に携わってきて、常々思っていたことは「学力」とは何かと言うことでした。実は「学力」の定義は曖昧なのです。これが「知能」や「学力」ですという確実な定義はないのです。よって、知能テストや学力テストが”何を”計っているのかは不明なんですね。ただ、それが数値として表に出ると、とたんに大きな顔をして一人歩きをしてしまいます。「偏差値」と同じですね。まあ、「学力テスト」をもっとも近い表現で言い換えれば、少し長い期間についての「習熟度テスト」でしょうか。教えた内容がどれだけ”定着”したか、さらに既習の内容を使ってどれくらい応用できるかが問われるということでしょう。短期間の「習熟度テスト」は定期考査ですね。

 さて解いた感想ですが、問題は概して平易でした。どちらかというと算数、数学の方が平易に感じます。ただし、これはずっと理数を教えてきた慣れのせいかも知れません。また、解答の特徴として、最終的な答えを書かせるのではなく、解法を選択肢から選ぶような問題が散見されました。しかし、解いていて、やはり塾通いをしている子供は、このような問題にも慣れているだろうから高い得点になるだろうなと思いましたね。しかし、それが本当の「能力=脳力」なのかどうかは甚だ疑問ですがね。
 変わった所では、中学の国語の出題で江戸落語の「目黒のさんま」が題材に使われていたのには驚きましたね。楽しみました(笑)。

 解き終えて適度な疲労を感じましたよ。日頃使っていない大脳を使ったからでしょうか?まあ、新聞の記事の字が小さいので、ルーペ片手に問題解きをしないといけなかったので、それが心身を疲れさせた原因かもしれませんが(笑)。

 問題は文科省がPDFファイルの形で公表しています。→平成26年度全国学力・学習状況調査の調査問題について

「波路はるかに~津屋崎ヨット・ハーバー」

012  友人Mon-G君のブログには、山と花と機関車と自動販売機の写真が並んでいます。内陸部に住んでいるので、必然的に相手とする自然が山や川となります。
 そこで、私は”海の風景”をと思って、福岡県福津市津屋崎にある”津屋崎ヨット・ハーバー”に出掛けてみました。愛犬”団十郎”を連れていましたので、長居はできませんでしたが潮の香りを嗅ぐには十分でした。多数のプレジャーボートが停泊していました。
 お隣韓国では、高校生を巻き込んだ悲惨な「セウォル号」の海難事故が起きました。原因が不可解で、しかも考えられないほど無責任な船長や乗組員の行動にあきれてしまいます。恐らく、残念ですがもう絶望的でしょうねぇ?それでも国を挙げて早く対処してほしいものです。017
015  さて、近隣のヨット・ハーバーは、福岡市西区小戸や東区志賀島、それにここ津屋崎にあります。ヨットや船舶は優雅な趣味ですが、一 歩間違えば「セウォル号」もしかりですが、太平洋横断で死にかけた辛坊治郎さんのような危険な目に遭います。人は水がなければ生きていけませんが、ありすぎてもダメなんですね。何しろ海は、人間の大きさに比べれば底なしの深さです。それに神秘的です。宇宙と同じくらい分かっていないのが”海の中”の世界です。
 でも、川や池でも同じですが、水辺は人を不思議と落ち着かせてくれる場所ですね。さらに海は”生命力”がみなぎっている感じがします。ぼんやりと、寄せては返す波を眺めたり、水平線を見つめているだけで気持ちが落ち着いたり、エネルギーをもらったような気がします。海は私たち生命の源とも言われます。時には大きな力で人を押し流したりしますが、その温かく深い慈愛に触れるとホッとした気分になりますよ。「ひねもすのたり、のたりかな」と、ゆったりした気分に浸るのも悪くないなあと思った春の昼下がりの海でした。

「”なごみ”4月度の歌声喫茶」

4  新年度お初の「町おこしセンター津屋崎千軒”なごみ”」での歌声喫茶です。
 施設を管理する会社が変わり、新しい布陣で取り組むことになりましたが、さい先悪く、行事案内が広報誌に間に合わず、口コミとポス4_2 ターのみの宣伝となりました。常連さんには申し訳ない開催となりました。そのためか盛況という訳にはいきませんでした。おまけに掲載の写真は不慣れな人のスナップなのか、いかにもパッとしない写真ですね。いつも写真係をしてくれている友人は、今日は他の会合のために欠席です。何だか最初から”ついてない”という気分でしたね。
 さて、それでも元気を出してやりましょうっと頑張りたいところでしたが、ちょうど出掛ける時が小保方さんの会見前だったので気になって仕方がありませんでしたよ。また、歌声喫茶のセッティングがいつもと違っています。それも何だか気になった一因でしたね。今日は正直なところ”気分が乗らない”スタートです。
 私が声を上げて歌うのは一ヶ月ぶりですから、時間前に「プリティ・ウーマン」と「花のサンフランシスコ」を発声練習を兼ねて歌いました。初めて会場に来られた方は何だと思われたでしょうね(笑)。この会では、普段、ポップスを歌うことはありませんし、それを好まれる方がおいでになっているという訳でもないのでしょう、会場は時間前と言うことでざわついたままでした。まあ、”自分のスイッチ”を入れるための歌ですから聴かれようが聴かれまいがいいことですけれど、ある面、この時の反応で今日のお客さんの意識レベルなどが分かる時間でもあるのです。恐らく、今日は人員確保のために電話で呼び集められた方も混じっていたのではないでしょうか?いつもと反応が違いましたから。
 2時に始まって2時50分から10分間のお茶タイム、その後3時30分まで後半戦でした。まあ、今日はボクシングで言えばジャブの応酬という感じの会でしたね。ええ?意味不明?  

「コンデジで、ネガをデジタル化してみた」

059  今でこそカメラの大半はデジタル・カメラですが、”デジカメ”が庶民のものなったのはせいぜいここ10~20年の間です。005それまでは、カメラと言えばフィルムを使うのが当たり前でした。
 デジカメの普及は、パソコンの普及が前提となります。つまり、 PCの普及がデジカメの普及と低価格化を実現し、現在の盛況に至ったということです。また、日本では携帯電話に付随したカメラの発達が、デジタル化を加速させた一因でもあったでしょう。
 しかしながら、私の年代の人間にとっては圧倒的にフィルムに親しみましたから、ネガが大量に手元に残ることになりました。それを何とか整理したいと思っている 方は多いようです。「フィルム・スキャナー」が5千円から1,2万円でありますが、私の古いフィルム6×6版(ブローニー版)では使えなかったり、製品の評価が割れていましたので、ここはひとつお手製でデジタ ル化を試してみようと思いました。

1.デジタル化の原理:町のフォトショップでデジタル化のサービスがありますが、出来るだけ004お金をかけたくないので自作をしました。それに不要な映像までデジタル化しても意味がありません046から。
 原理は、プロ用の高額なスキャナー(バックライト付きのフラットヘッド式スキャナー)を使わずに、自分のコンパクト・デジカメのマクロ撮影を利用して直接ネガを撮影する方法をとりました。これは、5000円から1万程度の廉価なフィルム・スキャナーと同じ原理です。そのデータをPCに取り込む、映像処理(ネガ・ポジ反転など)をして終了です。

2.自作の撮影用ボックスの試作:適当な箱を使い、片面にカメラのレンズ006が入る穴を開 け、反対側にフィルムを送るフォルダーを貼り付けました。取りあえず試すための箱ですからホッチキス止めや、テープ、ボンドで止めてあります。私のカメラのマクロの最短距離は約6センチでしたから、それを参考に箱を作りました。位置を微妙にずらす必要があるので、最初からきちんとボンドで固定などはしていません。ネガを挟んで滑らせるためのフィルム・ホルダーには、クリア・ファイルに窓を開けて使いました。

021_2 3.撮影結:撮影は、普通通りのカメラの操作ですから問題なくできます。しかし、PC に取り込んだ映像を見ると、どうも周辺部がぼやけているようです。ネガの反りが原因ではなく、マクロで撮影する時のレンズの球面収差の影響のようです。これを避けるためには画面いっぱいに拡大しながら撮影するのではなく、最初から周辺をトリミングで取り除くつもりで撮影した方が良いようです。
 問題は、PCへ取り込んで画像ソフトで反転させた時のカラーの発色の仕方でした。

結論から言いましょう。
 「ネガをデジタル化しても、”劣化したネガ”以上の画像は得られません!」

 私は、このデジタル化で撮影当時にプリント化したような鮮明な画像が得られると期待007 していました。しかし、それは無理なことが分かりました。
 写真のプリント(ネガを元に焼き付けた写真)は、小西六(現コニカ)が”百年プリント”と銘打っていたように、長期間色褪ることがなく綺麗な状態を保ちます。しかし、カラーのネガは、本来長期間保存して利用するようには作られていないようです。ネガは、最終的なポジのプリントを作るための道具にしか過ぎません。だから、プリントが出来上がればネガの使命は終わっているのですね。また、現像ラボなどで集中して現像するようになったので、効率化を図020_2るために十分に定着(現像を停止させて固定するための作業)が行われていずに、ゆっくりと感光していったり、変質していると考えられます。
 私が今回取り出してきたのは、古くは30年ほど前のネガです。30年もの間、当初の状態が保たれると期待する方が間違っているでしょう!写真は化学反応の産物です。長時間に、何らかの影響を受けてしまうのも無理からぬことです。その結果、画像のコントラストがなくなり、色が全体的に青みを帯びてきます。

 まあ、それでも何とか、少しでも綺麗にする努力はしましたよ。写真を撮る場合の「ホワイトバランス」がそれです。
 カラーフィルムの、何も写っていない部分(オレンジ色の部分)をファインダーに入れて、ホワイトバランスのマニュアル操作で設定します。つまり、オレンジ色を白と認識させる訳です。これが狂うと正常な色バランスになりません。
 しかし、これが正しく行われても、古くなって色バランスが崩れた画像は、画像ソフトを使って修正しようとしても限界を越えていて無理ですね!無理して色修正をしていくと訳が分からなくなってしまいますよ(笑)。全体的に黄色い画像はその例です。ネガ反転前が青色で、反転させて得た画像をホワイトバランスで修正したものが3枚目の画像です。しかし、良好なネガであれば15年前の「ボタンの花」が綺麗に再現されました。

 ちなみに、私が使ったコンデジは「CASIO EXILIM EX-Z3」(334万画素)で、画像処理ソフトは「花子フォトレタッチ3」を使いました。画像ソフトは「Adobe Photoshop」がよく使われているようですが、私は手持ちがなく、「花子フォトレタッチ3」が使い慣れているので使ったまでです。

 写真の修正・調整は、一応取り込んでデジタル化しておけば後からでもできます。まずは、懐かしい画像を眺めながら、ネガのデジタル化をされてはいかがでしょうか?その参考になれば幸いです。

「夕陽を追いかけて」チューリップ(楽譜)

Photo   「♪~しばらくぶりのふるさとは~♪」と財津が前奏なしで歌い始めます。チューリップの名曲「夕陽を追いかけて」です。
 しばらくぶりの耳コピです。2月10日に「リンゴのテーマ」を紹介して以来です。このまま耳コピを止めて、ブログを閉鎖することも考えましたが、私が活動に参加している部活動も宙ぶらりんになっていますので、そろそろ再開を考えているところです。でも、まだ身辺の整理(こう書くと何だか深刻な事態が想像されるかも知れませんがまったくの気まぐれですからご安心を)が済んでませんので、完全復帰はまだ時間を要します。
 さて、「夕陽を追いかけて」ですが、チューリップの財津和夫が福岡市香椎近傍の風景を念頭に置いて書いたと考えられる曲です。彼が西南学院大学に在学していた当時は、まだ福岡市には路面電車が走っていました。同じ時代に、友人のMon-G君も同じキャンパスをうろついていた事でしょう。財津は一浪ですから一学年下だったはずですね。その頃は百道の海岸は大学からすぐ近くでした。1989年に開催されたヨカトピア(アジア太平洋博覧会)のために、百道地区は一気に様変わりしました。海岸線が数百メートル遠のきました。その十年前(1979年)に福岡市内の路面電車は全面廃止となりました。
 ふるさとに帰ってきた財津が見たのは、大きな街の変化だったでしょう。浦島太郎のような気分がこの曲を書かせたのでしょうね。
 街の発展とは一体なんなのだろう?人々が享受する文化的生活の裏には、自分たちの都合で自然を破壊する行為が必ず存在するのですね。しかしその意識もしない”ツケ”は、やがて巡り巡って自分たちに降りかかってくるのですが・・・。

・・・・・・
しばらくぶりのふるさとは
大きな街に姿をかえていた
からだをゆすって走ってた
路面電車は今はもういない

悲しみこらえたたずんで
好きだった人 ながく見送った
後姿に 似合ってた
あの海辺のみち いまは車の道
追いかけて 追いかけて
死ぬまで僕は 追いかけてゆく
追いかけて 追いかけて
死ぬまで僕は 追いかけてゆく
・・・・・・

■You Tube…「夕陽を追いかけて」オリジナルです。
■楽譜と演奏について…細やかに原曲を写すことはしてません。いわゆるコード譜の姿です。また、フェードアウトのエンディングを変えています。
■楽譜をご希望の方は、本ブログの右側下方にある「プロフィール」をクリックして入り、「メール送信」でお知らせ下さい。また、エチケットとして何市の何歳の誰(ハンドル・ネームでも結構です)か位はお知らせ下さい。

「夕陽を追いかけて」

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 満開の桜の花に目を奪われる今日この頃ですが、今日の夕陽は桜に負けじと綺麗でしたよ。

 この季節、太陽は相島(あいのしま)の北側に沈みます。そして、日の入りの位置が日に日に相島から離れていきます。

 この数十億年も続く営みが、目の前で確認006できるのです。すごい事です!

  地球が、公転面に対して66.6度(公転面に垂直に立てた線に対して23.4度)の傾きをもって公転するために、太陽の日の出、日の入りの位置が変化します。いま頃は、真東から出て、真西に沈む(正しくは春分の日)のが観察されます。

 と、これは中学3年生の理科で学習する内容でした。TVでは、一時”理科女”として注目された小保方晴子さんが微妙な立場に立たされていますね009

 正直なところ、衝撃的な発見(STAP細胞)だっただけに、このような騒ぎは大きな汚点になりますね。はやくSTAP細胞の生成の真偽を、小保方さんの口から説明して欲しいと思います。野依理事長は否定的な見解を述べていますが、その弁からは「STAP細胞」そのものをも否定しているような印象に聞こえます。その存在が確かならば、それを知るのは小保方さんしかいないわけですから、弁明と追実験をはやくして欲しいですね。これでは日本の科学会の 印象は非常に悪くなってしまいますね。願わくば、STAP細胞の実在を信じた011いものです。

 「夕陽を追いかけて」時系列的に撮影してみました。「夕陽を追いかけて」は、チューリップの財津が作曲した名曲でもあります。小田和正も、番組”クリスマスの約束”でしたかで披露していました。

”♪いつからだろう 父は小言の たったひとつも やめてしまっていた・・・♪

  いつからだろう 母が唇に さす紅をやまてしまったのは・・・♪”

 また、耳コピでもしてみますかね。

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